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黒田官兵衛の妻 光姫(てるひめ)


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軍師官兵衛で中谷美紀さんが演じるのが黒田官兵衛の妻 光姫(てるひめ)だ。
黒田光(くろだ てる)櫛橋 光(くしはし てる)。

光姫(てるひめ)とはどういう人物でだったのか?





黒田官兵衛(黒田孝高)は側室は置かないで唯一愛した女性が光(てる)であった。

黒田官兵衛の主君の小寺政職の従姪であり養女。
志方城主櫛橋伊定左京亮の娘。
幸円とも呼ばれる。

永禄10年(1567年)、黒田官兵衛(黒田孝高)のただ一人の妻となった。

翌11年(1568年)に黒田長政を、天正10年(1582年)に黒田熊之助を産む。

天正3年(1575年)、織田信長の才能を高く評価していた夫・孝高は、主君の小寺政職に臣従を進言し、毛利氏攻めなどの先鋒を務める。

天正6年(1578年)3月、別所長治が殆どの周辺豪族を引き込んで信長に反旗を翻すと、実家・志方城の父・櫛橋伊定や、兄・櫛橋伊則らもそれに追随して敵対することとなる。

7月、志方城は織田信雄の兵で包囲され、出撃を数度繰り返すものの被害は大きかった。神吉城が織田信忠に落とされると、8月10日、伊定は人質を出して兵士たちの生命を保証させた後に自害する。兄たちは許されて黒田氏に仕えた。

慶長2年(1597年)、熊之助が慶長の役の中にある孝高と長政を追って、同年代の家臣(母里友信の子や黒田一成の弟ら)と共に朝鮮に渡海しようと試みたが、玄界灘で暴風雨に遭い、遭難死する。

慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いの勃発時には、石田三成が大坂に残っている大名の妻子を人質にしようとしたが、明智珠(細川ガラシャ)が拒否して玉造の屋敷に火を放った際、孝高の家臣たち(栗山利安、母里友信、宮崎重昌)は監視の目が薄くなったのを見計らい、長政室の保科氏と共に、光を長柄の屋敷から孝高の居城の豊前国中津城まで船で脱出させた。

1627年、筑前国福岡において没(卒年75)。

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